カテゴリー別アーカイブ: 1/20 Lotus 72E by Ebbro

EBBRO 1/20 Lotus72E製作? Vol.4


前回の更新から1カ月以上が経過してしまいましたが、実はこの間EBBRO 1/20 Lotus72E製作は何も進行していなかった訳ではなく、実は自分には非常に困難な作業に時間を取られていました。今回はその原因であった1973年フランスGPでのロニー・ピーターソン初優勝車を製作する上で最も重要な、中盤戦仕様のオイルタンク取付用のサブフレーム製作作業について書きます。どうしてまたこんな面倒な工程から始めてしまったのか、と自分を恨みつつ今回の製作記はスタートです。

この後方へ移動されたオイルタンクは、オイルタンク上にマウントされたリアウィングを後方に下げる事により、リアウィングへの気流をスムーズにして効率を高める狙いで、1973年のフランスGPで実戦投入されました。以後イギリス、オランダ、ドイツ、オーストリアの5戦で用いられ、この間ピーターソンがフランスとオーストリアで優勝、フィッティパルディがイギリスで2位という結果を残していますが、やはり実戦使用された期間が長くない事、そして一般的にあまり写真に写りにくい場所である事からディティールを捉えた写真が多くなく、考証はネット上の写真捜しとDVDのキャプチャ撮りがメインとなりました。

前回も紹介した写真で、1873年オランダGPでピーターソンが駆る72E/6。注目はリアウィングの効率向上を狙って後方へ10インチ移動されたオイルタンクで、リアタイヤとオイルタンクの間に大きな隙間が出来ている。(Coolamundo Motorsports Blog

今回の考証で最も役に立ったのは、「If you’re not winning, you’re not trying」と題された映像作品(自分は随分前にVHSで入手)で、左のDVD「JPS LOTUS 栄光の軌跡 – BLACK BEAUTY 1973 SEASON」はその日本語版。チーム・ロータスの1973年シーズンの追跡ドキュメンタリーとでも言える貴重な内容で、チーム・ロータスのファンなら是非持っておきたい1枚。途中、今回製作するオイルタンクのサブフレームのディティールが伺える整備中のカットが4~5箇所あり、ほぼこれだけでも十分と言える。このDVDの映像から合計およそ40枚近くのキャプチャを撮って資料にした。もしかするとこのDVDはデジタルリマスターで自分のVHSよりも映像が鮮明になっているかも知れない。この他にもネットで画像検索などもしてみたが、参考になりそうな写真は1~2枚程度しか見つからなかった。

製作の為の素材、寸法、製法、etc.、etc…何一つ具体的なイメージが湧いて来ない。悩んでいても仕方無いので、まず難しい事は考えずにキットのオイルタンクのパーツからギアボックスへのマウント部分(写真の赤○内)のパーツを切り離した。切り離したパーツは保存しておけば良かったのだが、迂闊にも紛失してしまい後で後悔する事に。

サブフレームの素材を何にするかで悩む事1週間。プラ棒と瞬間接着剤を使用すれば工作は容易だが、直径を1mm以下にするととても十分な強度は望めないし、それに1mmでは明らかに太過ぎる。金属棒をハンダ付けすれば直径0.8mm程度でも十分な強度が得られるが、形状が複雑なので工作が大変、、、と悩み抜いた末、やはり強度と細さを重視して金属棒&ハンダという選択をする事になった。写真はオイルタンクを支えるサブフレームの左右部分。ここまでの平面的は工作は比較的スムーズに製作出来たものの、これをさらに立体に構成するのにかなりの失敗と試行錯誤を経る事になってしまう。。。それぞれ片方の先端と途中1箇所のオイルタンクのマウント部分には外径1mmの金属パイプを幅1mm幅にカットしてオイルタンクからのボルト受け部分の空間を作っている。

果てしなく続くハンダ付けとの戦い。立体部分を構成するのにどうしても1箇所で2度以上のハンダ付けが必要になってしまい、その都度コテの熱で他の部分のハンダを溶かしてしまって形を崩して失敗作、、、少なくとも5回以上失敗作を産み出した結果、立体接合部分のハンダ付けを一度で済ませられる様、この様な専用の工作台?を作る事に。余っていた木製のカラーボードを使い、彫刻刀とピンバイスを使用して金属棒を配置・固定してハンダ付けする事で、漸く製法を確立する事が出来た。

そして何度にも及ぶ悪戦苦闘の結果、ついに失敗する事無く出来上がったのがこちら。苦労した分、その苦労を克服して完成した時の喜びもまた格別。

完成したサブフレームをオイルタンクに組み付けてみる。サブフレームの右下部分先端のボルト受けはオイルタンクがら出ているボルト部分にしっかりはめ込まれ、そしてその左上のマウント部分も撤去した箇所に位置が合う様に出来た。

更にこれを仮組みしたギアボックスのパーツと合わせてみる。サブフレームのギアボックスの後下端に合わせる部分が若干長過ぎたか、やや下方にズレてしまっているので、1mm程度長さを詰めた上で、やや上方向に向きを矯正してやる必要があるものの、ほぼ狙い通りの出来となった。因みに前上方のギアボックスとの固定部分は、切り取ったマウント部分の部品を使って作る予定だったが、紛失してしまった。。。ストックしてあるもう一つのキットからオイルタンク部品をドナーにするしかない。どの道1973年アメリカGP仕様と1974年フランスGP仕様ではキットのオイルタンクは使用しないし。。。

…という事で、今回は1973年フランスGP仕様を製作する上で最も重要なポイントである、オイルタンク取付サブフレームの工程を紹介しました。次回は一体何を作るのか…まだ考えていませんが、どうぞお付き合い下さい。

– END –


EBBRO 1/20 Lotus72E製作? Vol.3


連載3回目の今回は、前回の改造箇所に関する考察を踏まえて、最終的にこのEBBRO製72Eでどのバリエーションを作るかを考えました。あれも、これも、、、と妄想を巡らせた結果、実に5バージョンものバリエーションが計画に上がる事になりました。果たしてこの内の何台を実際に完成させる事が出来るのでしょうか。。。尚、全ては気の向くままをモットーとするKetteringham Factoryらしく、実際に製作する順序は今回紹介するバリエーションの時系列順にはならないと思います。


【Variation – 1. 1972 Rd.10 ITALIAN GP】
72D/5(Car.No. 6) Driver: Emerson Fittipardi

最初は、1972年仕様へダウングレードした72Dで、フィッティパルディが史上最年少のF1ワールドチャンピオンを見事優勝で決めた1972年イタリアGP仕様とします。主な改造ポイントは以下の通りになります。

  • フロントウィングの追加フラップ撤去
  • 小型のフロントウィング翼端板
  • デフォーマブル・ストラクチャー不使用、モノコックにラジエーターカウル装着
  • 細長のリアウィング翼端板
  • リアウィングステーをブレードからロッドへ変更
  • ファイアストン製タイヤ(デカール自作)
  • メルマグタイプホイール(リアのみ)

1972年イタリアGP、ピットロードからコースへと向かうフィッティパルディの72D/5。予選6位からスタートしたフィッティパルディはレースではジャッキー・イクスとクレイ・レガッツオーニのフェラーリ2台に続く3位を走行、その後フェラーリは2台とも脱落、トップに立ちそのまま優勝し史上初のブラジル人ワールドチャンピオンに輝いた。72年仕様のリアウィング翼端板、ロッドタイプのウィングステーが確認出来る。青焼けしたエキゾーストパイプもポイント。(F1 Fanatic


【Variation – 2. 1973 Rd.2 BRAZILIAN GP】
72D/7(Car.No. 1) Driver: Emerson Fittipardi

次は、フィッティパルディがワールドチャンピオンとして凱旋、そして見事優勝を決めてブラジル中を熱狂の渦に叩き込んだ1973年ブラジルGPでのフィッティパルディの72Dです。主な改造ポイントは以下の通りです。

  • 小型のフロントウィング翼端板
  • デフォーマブル・ストラクチャー不使用、モノコックにラジエーターカウル装着
  • リアウィングステーをブレードからロッドへ変更
  • メルマグタイプホイール(フロント・リア共)

1973年ブラジルGP、ピーターソンに続く2位からのスタートでトップに立ってそのまま独走、熱狂する地元観衆にその雄姿を見せつけるフィッティパルディの72D/7。大型化されたリアウィング翼端板、メルマグ・タイプのホイールが確認出来る。前年仕様と比べて外観上さほど代わり映えしないが、このフィッティパルディの母国優勝は、その後のネルソン・ピケ、アイルトン・セナと続くブラジル人F1チャンピオンの系譜を築くきっかけを作ったという意味で、その歴史的意義は大きい。(Autosport


【Variation – 3. 1973 Rd.8 FRENCH GP】
72E/6(Car.No. 2) Driver: Ronnie Peterson

次は、既にこの年4回のポールポジションを獲得していたピーターソンが遂にその才能を開花させ、キャリア初優勝を決めた1973年フランスGPでの72Eです。主な改造ポイントは以下の通りです。

  • リアウィングとオイルタンク/オイルクーラーを10インチ後方へ移動
  • メルマグタイプホイール(フロント・リア共)

1973年フランスGP、得意のサイドウェイでポール・リカールを攻めるピーターソンの72E/6。このレースではピーターソンはフィッティパルディとマクラーレンのジョディ・シェクターに先行されて3位を走行していたが、残り13周となった最終コーナーで2台は接触して共にリタイア。前戦スウェーデンGPの不運から一転、幸運な形でトップ立ったピーターソンは、そのまま残り13周を走り切ってキャリア初優勝を決めた。(Pistonheads

参考までに、こちらは1973年オランダGPでピーターソンが駆る72E/6。リアウィングとオイルタンク/オイルクーラーが10インチ後方に移動された事で、マシン本体との間、リアタイヤ後方に大きな隙間が出来ているのが確認出来る。(Coolamundo Motorsports Blog


【Variation – 4. 1973 Rd.15 UNITED STATES GP】
72E/7(Car.No. 2) Driver: Ronnie Peterson

次は、シーズン9回目のポールポジションを獲得したピーターソンが、飛躍の1973年シーズンの最終戦を優勝で飾った1973年アメリカGP仕様です。主な改造ポイントは以下の通りです。

  • 新設計(イタリアGPで導入)のオイルタンク/オイルクーラーとリアウィングステー
  • リアウィング翼端板の大型化

1973年アメリカGPでピーターソンが駆る72E/7。予選では良きライバルだったティレルのフランソワ・セヴェールの悲劇を目の当たりにし、そしてポールポジションからスタートした決勝では終始ヘスケスを駆る新星ジェームス・ハントの激しい追撃を受けたピーターソンだったが、それら全てを振り切ってシーズン4勝目を挙げた。新設計のオイルタンクとリアウィングステーにより、リアウィングは更に2インチ後方に移動して、マシンから異様に後方に突き出た形になっている。またそのリアウィング翼端板も更に大型化されているのが確認出来る。(Joeblogs F1


【Variation – 5. 1974 Rd.9 FRENCH GP】
72E/8(Car.No. 1) Driver: Ronnie Peterson

最後は、ピーターソンが1974年シーズン2勝目を挙げたフランスGP仕様です。主な改造ポイントは以下の通りです。

  • マーキング色の変更(ゴールド→JPSカラー)
  • 1974年仕様のオイルタンク/オイルクーラーとリアウィングステー
  • リアウィング本体、及び翼端板の形状変更
  • リアブレーキにダクト追加

1974年フランスGP、アップダウンが激しくジェットコースターの様なディジョン・プレノワを攻めるピーターソンの72E/8。フェラーリのニキ・ラウダに続く2位からスタートしたピーターソンは16周目にラウダをパスすると、そのままトップを譲る事無く完勝を収めた。レース後ピーターソンは72E/8を「完璧だった」と評した通り、ピーターソンのドライビングはこのディジョンでひときわ冴え渡っていた事が見て取れる様な写真。マーキングがJPSカラーに変更され、またそのストライプもボディ形状に沿ってレイアウトされていた1973年仕様と異なり、より直線的になっているので注意が必要。(Straightspeed

かなり以前のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードにて撮影した、現存する72E/6に搭載された1974年仕様のオイルタンクとブレーキダクト形状。これ以後は基本的にこの仕様が最後まで使用された。リアウィング前縁の端が切り欠かれているのにも注目。


…ざっと思いつくだけで実に5台!そもそも年に1台程度しか作らない自分なのに、5台ものキットを完成させるのには果たして何年掛かるか?との問いを投げつつ今回は終了です。


– END –


EBBRO 1/20 Lotus72E製作? Vol.2


さて前回はEBBROの1/20ロータス72Eをベースに、「どのGPの仕様を」悩みながら終了しましたが、キットを検分しつつ悩み続ける事一週間、バリエーションを作る上で幾つかの改造ポイントが見えて来ました。今回はこの改造ポイントについて触れます。

1. サイドラジエーターカウル
キットでは1973年第4戦スペインGP以後に導入されたデフォーマブル・ストラクチャーを装備した72E仕様。これ以前の72D仕様を作る為にはこのデフォーマブル・ストラクチャーを使用せず、インナーモノコックの外皮をそのまま生かし、サイドラジエーターのカウルを付ける形になる。このカウルはどうやら同社製72Cキットのパーツを改修して使えそうなので、難易度は高くなさそう。

72Eキットのインナーモノコックのパーツに72Cキットのラジエーターカウルをフィットさせてみる。72Cキットのラジエーターカウルは先端部分が切り欠かれた形状をしているので、72D仕様に合わせて先端部分が尖る様に整形する事にする。

2. フロントウィング翼端板
キットのフロントウィング翼端板は1973年第7戦スウェーデンGP以後導入された、やや面積が大きい涙滴形になっている。フロントウィング翼端板そのものは1972年第7戦イギリスGPから導入されたが、それ以来1973年第6戦モナコGPまでは最小限の面積しか持たない細長い形状をしていた。工作はキットの物を加工するか、プラ板の切り出しで自作するか。いずれにしても難易度は低。

72Eキットのフロントウィング翼端板。翼断面に沿ってガイドが付けられているので組み立ては容易。これ以前のバージョンを作る際にはこのパーツを加工するか、それともプラ板で切り出すかは悩むところ。ただそのまま使うにしてもプラスチックキットの宿命でエッジ部分がダルなので、薄く削り込む必要がありそう。

3. リアウィング翼端板
キットのリアウィング翼端板は1972年シーズン終了後の10月22日に、中止となったメキシコGPの代替としてブランズ・ハッチで行われたノンタイトル戦「John Player Victory Meeting」で導入された形状を再現している(既に同年第11戦カナダGPから、従来の翼端板を増積する形でこの形状を先取りしている)。それ以前は一応の完成形となった1972年第7戦イギリスGPから第10戦イタリアGPまではやや細長い形状をしていた。その後1973年第13戦イタリアGPからは更に面積が増積されてかなり大型の物になり、更に1974年には形状が更に変更(リアウィング本体も前縁両端が斜後方に切り欠かれた)され、以後最後まで使用された。こちらも工作はキットの物を加工、またはプラ板の切り出し程度で済むので難易度は低。

以前製作したブラジルAMD社製1/20の72Dキットのリアウィングとオイルタンク部分。エッチングパーツで出来ている翼端板は72年シーズン後半の細長い形状。因みにデカールはキット付属の物が使い物にならなかったのでFactory T’z製の物を使用した。次の項で触れるが、ウィング本体はオイルタンク両脇から伸びたロッドによって支持されている。

4. リアウィングステー
リアウィングのステーは次のオイルタンク/オイルクーラーのレイアウトと密接に関係しているが、キットは72E仕様となった1973年第4戦スペインGPから採用された、センターのメインステーと後方に伸びたブレード状の金属板1枚で支持されるタイプを再現している。これ以前はブレードではなくオイルクーラー左右下端から伸びたロッドによって支持していた。その後オイルタンクの変更に伴い形状は変化するものの、ブレード状の金属板1枚という支持方式はそのまま踏襲された。改造はさほど難しくは無いが、難易度は中程度?

採寸の為にギアボックスとオイルタンクのパーツを仮組してみた。接着剤は一切使わずここまで出来てしまうのはパーツの精度が良い証拠。後方に伸びているブレードは73年序盤までの仕様にする場合は切り取ってしまう事になる。しかしその後の仕様にする場合もこのまま使うか、薄めのプラ板で作り直すか。。。

5. オイルタンク/オイルクーラー
今回一番の改修ポイントになりそうなのがリアウィングの支持架を兼ねたオイルタンクとオイルクーラーのレイアウト。キットでは72の登場以来数多くの変遷を経た上で一応の完成形となった1972年第6戦フランスGP以後の形状を再現している。その後1973年第8戦フランスGPからは、形状には変更は無いもののリアウィングの効率向上を狙って位置が変更され、ギアボックスから伸びたフレームによって10インチ後方に移動された。更にその後1973年第13戦イタリアGPからはオイルタンクの形状そのものが変更されてリアウィングは更に2インチ後方に後退した後、1974年からはリアウィングの規制変更に伴い再度形状変更がされて最後まで使用される事になった。こちらはスクラッチする事になるので、難易度は高。

先程の仮組したパーツを側面から見る。こちらがキットそのままの状態で、73年スウェーデンGP以前の仕様。

一方73年フランスGP以後、オイルタンクはギアボックスから伸びたフレームにマウントされる様になり、全体に10インチ後退している。10インチという事は1/20スケールで12.7ミリ。写真を加工して、おおまかな採寸の為にフレームの側面形状を赤線で表現してみた。

6. タイヤ
タイヤは1972年まではファイアストン、1973年からはグッドイヤーに変更されている。タイヤそのものを作り直す積りはないが、ファイアストンの場合はストライプの追加とロゴの書き換えが必要になる。難易度はデカールの自作が必要なので高。


タイヤには既にグッドイヤーのロゴが印刷してある。ファイアストンに変えるにはデカールを自作して貼付する事になりそう。

7. ホイール
前回書いた通り、1972年シーズン以来幾つかのレースではスポーク無しのメルマグ・タイプが使用されている。自作するにしても自分は旋盤などという高価な機械は持っていないので、リーズナブルな改造方法を考える必要がある。難易度高し。

前回と同じ写真だが、ホイールは72C仕様そのままのメッキパーツになっている。72D/Eのノーマル仕様であるゴールドとブラックの2色に塗り分けるにしてもメッキを剥がさなければならない。親切さが目立つこのキットの中でもこの部分だけはちょっと不親切。

8. デカール
当然John Player Specialのロゴは入っていないので、サードパーティに頼るという選択もあるのだが、1972年仕様のファイアストンのロゴや、サイドラジエーターカウル、リアウィングの翼端板の形状変更等を考慮すると、自作する事になりそうだ。

こちらはTABU DESIGN製のフルデカール。デカールの自作は労力もコストも掛かるので、必要の無い限りはなるべくこのデカールを使いたいところだが、、、

と、ここまで全て妄想というのも淋しいので、有る程度実践的に?パーツを組み付けて見たりしながら、バリエーションに伴う改造の必要性をについて検討しました。次回迄には製作予定のバリエーションを決めたいと思います。

– END –


EBBRO 1/20 Lotus72E製作? Vol.1


本日9月16日、東京・恵比寿にオープンしたRacers’Cafeにお邪魔して来ました。店内はクラシック・チーム・ロータスのグッズを始め1970年代を中心にしたF1のグッズやメモラビリアが多数ディスプレイされ、スクリーンでも当時のF1を中心としたレースの映像が流されており、オールドF1ファンには居るだけで楽しめる空間になっています。料理はパスタやピッツァを中心としたイタリアン系、勿論味もいけていて、すっかり時間を忘れて楽しませて頂きました。
さて、そんな中、今回は早速EBBROの1/20ロータス72Eについて進めます。。。


モデラーにとっては新たにキットがリリースされる度に訪れる胸高鳴る瞬間。まずパッケージを開け、そしてパーツの構成をチェックする。既にEBBROの前作、Lotus72Cを製作していたのでそのパーツとの共通部分を意識してチェック。しかしながらこの瞬間だけで満足してしまい、後は棚の肥やしにしてしまう性分の人は自分だけでは無い筈(確信)。

まず目を引くのは、1973年シーズン中盤以後の72E仕様最大の特徴であるデフォーマブル・ストラクチャーが実車同様にモノコック本体とは別パーツになっている事。1/20でこの部分を別パーツにして来たのは想定外で、嬉しいサプライズだ。

一方モノコック自体は成形色が赤からシルバーになっている事以外、72Cと同じ物の様だ。とすると72Cのサイドラジエーターカウルを多少加工して取り付ければ1972年の72D仕様にダウングレードも可能かも知れない。早くも妄想は全開だ。

今回の企画で大きな考証ポイントとなりそうなオイルタンクは1972年後半から1973年中盤まで広く使用されたタイプ。因みに72のオイルタンク及びリアウィングの構成は、実戦投入された1970年以来数え切れない程の変遷を経ており、レギュレーション変更に対応しながら1974年に一応の完成形を見るまで何度も変更が加えられた。この辺はModel Factory Hiroから発売されているジョー・ホンダ氏写真集「Lotus 72 1970-72 ( Joe Honda Racing Pictorial series by HIRO No.17)」及び「Lotus 72 &76 1973-75 ( Joe Honda Racing Pictorial series by HIRO No.18)」でそのディティールを見る事が出来る。考証には必携だ。

リアウィング及び翼端板は1973年シーズン序盤から中盤まで用いられたタイプ。フロントウィングの翼端板は1973年タイプ。従って72Dにダウングレードしたり、1973年終盤戦仕様にするには改造が必要。ただ、リアはこの翼端板をそのまま使うにしてもアンダースケール気味に見えるので、作り直す事になりそうだ。

ウィンドスクリーンは何と72C同様の少し黄色掛かった物と、そして完全なクリアの2つがセットされている。実際には(色味の違いは別として)黄色掛かっているのだが、この辺はモデラーとしての好みが反映されるところ。ちなみに自分は完全クリアを好み、72Cを製作した際にはAcu-Stionのバキュームパーツを使用した経緯があったので、これは嬉しいサプライズ。

インダクションボックスも1972年から使用された吸気口が横長のタイプと、1973年中盤以降に使用された吸気口が拡大されたタイプの2つが入っている。製作するモデラーに対して広いバリエーションの選択肢があるのは良い事だ。

ホイールは標準で用いられた4本スポークタイプ。しかし1972・73年シーズンにはスポークが無い軽量のメルマグ・タイプが幾つかのレースで用いられる事が度々有った。しかもフロント・リアの組み合わせはレースによりまちまちで、この辺の考証と、そしてどの様にしてメルマグを作るのか、、、妄想は膨らむ一方だ。

デカールは当然の事ながらJohn Player Specialのロゴは入っていない。しかし最近のタミヤのモデルには入っていないGOODYEARのロゴが見られる。ただいずれにせよデカールはサードパーティーに頼るか、または自作する事になる。因みに市場で手に入る最もリーズナブルなサードパーティーのフルデカールはTABU DESIGN製がある。GOODYEARのロゴなど?な部分もあるが細部に拘らなければ十分なクオリティを持っているので、こちらも悩み所になりそう。

…と一通りパーツをチェックした所で、果たしてこのキットでどの仕様をどの様に作るのか?と悩みながら今回は終了です。


EBBRO 1/20 Lotus72E製作? Vol.0


これまでスローペースで約2年近くロータス78の考証を連載して来ましたが、3月(かれこれ半年間も休載してしまいました)の1978年イタリアGP編(ロニー・ピーターソン追悼特集)を以て終了とし、久し振りの再開となる今回からは、新たな企画をスタートします。思えば今日はロニー・ピーターソンがイタリアで天に召されてから35年。今回の企画はそのロニーの代名詞的存在でもあるロータス72Eを、EBBRO製1/20キットで再現しようと思います。

そもそも今回の企画のインスピレーションになったのは今年の春、久し振りに横浜中華街にあるモデルショップ「BARACCA」を訪問した際、店長の南口さん(※)と「1973年イタリアGPでのロータス72E」というあまりにもピンポイントかつマニアックなテーマで、一緒に数少ない資料写真を眺めて考証を交わした事から、製作意欲が湧いたとう次第です。勿論この1973年イタリアGP仕様もこの企画の中で取り上げる予定です。

※「BARACCA」店長の南口さんは以前、雑誌「Model Cars」1999年6月号でピーターソンの72E(1974年仕様)をタミヤ1/12の72Dをベースに、素晴らしいクオリティで製作されています。店内にはその作品も展示されているので興味のある方は是非足を運んでみて下さい。また現在はModel Factory Hiroからこれまた素晴らしいクオリティのトランスキットが発売されており、ピーターソンファンのモデラーの方にはお勧めです。

タイトルでLotus 72Eを「製作?」理由があり、今回の企画はKetteringham Factoryらしく(?)このキットを眺めながら、様々な妄想と考察を交え、脱線と回り道を繰り返し、、、勿論最終的にはキットを完成させる事が目的なのですが、思いつくまま気の向くまま、考証、改造、パーツ製作、、、と、いわゆるモデルビルダー的ブログとは多少異った、妄想全開企画になるものと思います。UPもこれまた気の向くまま、不定期になる事と思いますが、次回より気長に宜しくお付き合い願います。

– END –