Lotus78 History & Markings – Vol.7 1977 Rd.02 Brazilian GP 1


今回と次回はアルゼンチンGPから2週間後の1977年1月23日に決勝が行われた第2戦ブラジルGPでのロータス78の姿を2回に分けて紹介します。遠いブラジルまでのフライアウェイにもかかわらず、チーム・ロータスはサイドウィングにモディファイを加えたバージョンを持ち込みますが、今回はそのモディファイ前の状態を紹介します。

写真:1977年ブラジルGP決勝(LAP30/40頃)、ピットにて給油とフロントタイヤの交換を行うグンナー・ニルソンのJPS15。サイドウィングはアップスイープの無いフラットなタイプ。左回りのインテルラゴスに合わせ、イン側となる左側の燃料タンクに給油しているのが判る。(ZDF


【FILE 12. 1977 Rd.02 BRAZILIAN GP – Jan.21-23.1977】 v1.0
JPS15(78/1) Driver: Gunnar Nilsson

参考資料:
・AutoSport 1977年3月15日号
・外部リンク >> 「A BOOKSHELF」
まずは前戦アルゼンチンGPでマリオ・アンドレッティのドライブにより5位入賞を果たしたJPS15。ここブラジルではグンナー・ニルソンの元に戻って走る事になり、ニルソンはこの仕様で決勝に臨みました。特徴として、フロントノーズ先端に小型のフィンが追加されています。目的は恐らくノーズ下面の気流を剥ぎ取り、ピッチングの際の空力変化のシビアさを解消する効果を狙ったものと想像されます。しかしこのレースでは決勝時に装備されていた事はは確認出来ますが、それ以外のセッションではJPS16を含めて装備されていなかった様です。その他は前戦とほぼ同じ状態です。
予選10位からスタートしたニルソンはオープニングラップでティレルのパトリック・デパイエと接触してリアタイヤがバースト、ピットインを余儀なくされていきなり最後尾に転落します。しかし他車のクラッシュやリタイヤが相次ぐ中、粘り強く走り続けたニルソンは次第に順位を上げ、途中給油(※)とフロントタイヤの交換の為に再度ピットインしたものの、1周遅れの5位入賞(完走7台)を果たしました。
※ニルソンのJPS15は後述するJPS16の火災事故により、右サイドウィング内の燃料タンク(ガスバッグ)を引き抜いてJPS16に移植していた為に、燃料タンクのキャパシティが最初から足りず、途中給油は予定通り。

<外観上の特徴>
・フロントノーズのカーナンバーはサイドに使用されているのと同様の角張ったタイプ。
・コクピットカウル前端にNACAダクト装備。
・前戦ではNACAダクトを急造した為に干渉していたユニオンジャックの記入位置が後方に移動。
・ブラシスカート前端の板が黒に変更。尚、決勝レース中右側のものはダメージで失われた模様。


<改訂履歴>
・v1.0(2011/8/7) 新規作成


【FILE 13. 1977 Rd.02 BRAZILIAN GP – Jan.21-22.1977】 v1.0
JPS16(78/2) Driver: Mario Andretti

参考資料:
・AutoSport 1977年3月15日号
・外部リンク >> 「A BOOKSHELF」
前戦アルゼンチンGPの初日に消火器の爆発によりモノコックにダメージを受けたJPS16は、その日の内にチーフデザイナーのトニー・サウスゲートが手荷物としてイギリスへ持ち帰り、修復を受けてこのブラジルGPに臨みました。しかしブラジルでも不運は続き、土曜日のセッションでアンドレッティは予選3位のタイムをマークしながらも、終盤にインフィールド区間を走行中に燃料漏れにより火災に見舞われます。アンドレッティは炎に包まれたマシンをスローダウンさせると、停止するのを待たずにマシンから飛び出して無事でしたが、マシンはその後オフィシャルによって消火剤まみれの真っ白な姿となり、ガレージへと戻されました。チーム・ロータスのスタッフは徹夜で消火剤の除去とマシンの修復を行い、ニルソンの2レース連続出走中止という事態は回避されました。

<外観上の特徴>。
・フロントノーズのカーナンバーはサイドに使用されているのと同様の角張ったタイプ。
・JPS15と同様、コクピットカウルにNACAダクト装備、ユニオンジャックの記入位置変更。
・JPS15と比較して、サイドポンツーンのJPSロゴが僅かに前方に移動している。
・JPSロゴが前方に移動した分、John Player Specialの文字に大きなスペースを割いている。
・ブラシスカートの部分はJPS15同様、ブラシスカート上端部分にアルミ製?のガイドレール追加。


<改訂履歴>
・v1.0(2011/8/7) 新規作成


ご意見、別考証・別見解など歓迎します。コメント欄をご利用ください。

– END –


Lotus78 History & Markings – Vol.6 1977 Rd.01 Argentine GP 2


今回は前回に引き続き1977年開幕戦のアルゼンチンGPに出場したマシンになります。

写真:1977年開幕戦アルゼンチン初日、下半角の付いたフロントウィングを装備したJPS16で走行するマリオ・アンドレッティ。その後このマシンはフロントノーズ内部に格納された消火器が暑さの為に爆発、この爆発音により折からサーキット内でテロや暴動を警戒していた武装兵士が爆弾テロと勘違いして出動し、一時サーキットが騒然となる騒ぎとなった。(A BOOKSHELF


【FILE 10. 1977 Rd.01 ARGENTINE GP – Jan.7.1977】 v1.0
JPS16(78/2) Driver: Mario Andretti

参考資料:
・AutoSport 1977年3月15日号
・外部リンク >> 「A BOOKSHELF」

前回のA BOOKSHELFさんからの投稿にもありますが、アルゼンチンGP初日の金曜日、下半角の付いたフロントウィングをマリオ・アンドレッティがトライしています(外部リンク参照)。
尚、このJPS16は金曜午後のセッション終盤、ホームストレート通過直後にフロントノーズ内部に搭載した消火器が猛暑の為に爆発するというアクシデントに見舞われます。アンドレッティは辛うじて失神を免れ、クラッシュは回避しましたが、フロントノーズは勿論、モノコック前端のバルクヘッドまでが完全に吹き飛んでしまうというダメージを受けました。これによりJPS16は現場での修復は不可能と判断され、2週間後に迫っている次戦ブラジルGPに備える為、急遽チーフデザイナーのトニー・サウスゲートがモノコックを手荷物扱いでイギリスへ持ち帰る事になりました。

<外観上の特徴>
・フロントウィングに下半角が付いている。この為翼端板の取付位置も低い。
・フロントノーズのカーナンバー5の書体が、サイドに使用されている物を同様の形状。
・JPS15と比較して、サイドポンツーンのJPSロゴが僅かに前方に移動している。
・JPSロゴが前方に移動した分、John Player Specialの文字に大きなスペースを割いている。
・コクピットカウル前端のNACAダクトは未装備。


<改訂履歴>
・v1.0(2011/7/28) 新規作成


【FILE 11. 1977 Rd.01 ARGENTINE GP – Jan.8-9.1977】 v1.1
JPS15(78/1) Driver: Mario Andretti

参考資料:
・AutoSport 1977年3月15日号
・外部リンク >> 「A BOOKSHELF」
JPS16のアクシデントにより、開幕戦でTカーが無いチーム・ロータスは土曜日以降はグンナー・ニルソンのレースカーであるJPS15をアンドレッティに承継させる事を決定、ニルソンは土曜日以降の出走をキャンセルする事になりました。
アンドレッティはこのマシンで予選8位を獲得、レースでもブラバムのジョン・ワトソン、マクラーレンのジェームス・ハント、フェラーリのニキ・ラウダらと上位争いを展開、中盤には3位まで上昇しますが、周回遅れのアレックス・リベイロのマーチと接触、左フロントウィングにダメージを受けて後退します。しかし相次ぐ上位陣の脱落により終盤には2位にまで上昇しますが、残り2周となった52周目にリアのホイールベアリングが焼き付きを起こしてストップ、2周遅れの5位完走扱いとなり、まずまずのシーズンスタートを切りました。

<外観上の特徴>
・ドライバー名はAndrettiに書き換えられている。
・コクピットカウルはJPS16でも使われた、前端のユニオンジャック部分にNACAダクトが有るタイプ。
・サイドのカーナンバーは「6」の一部を黒いテープで塞ぎ、「5」に見せかけている。
・右サイドポンツーン上部のJPSストライプが一部欠けている(これもテープか)。


<改訂履歴>
・v1.0(2011/7/28) 新規作成
・v1.1(2011/8/4) <外観上の特徴>に関する誤記削除


ご意見、別考証・別見解など歓迎します。コメント欄をご利用ください。

– END –


Lotus78 History & Markings – Vol.5 1977 Rd.01 Argentine GP 1


1977年年明け早々、ロータス78は1977年開幕戦のアルゼンチンGPに臨みます。今回はそのうち初日である1月7日(金)のロータス78の姿を紹介します。

写真:1977年1月7日、F1シーズンが幕を開けた開幕戦アルゼンチンGP初日にJPS15を駆るグンナー・ニルソン。ニルソンはこの日の午後に発生したマリオ・アンドレッティのレースカーJPS16の爆発事故によりJPS15をアンドレッティに明け渡す事になり、同GPでの走行はこの日のみとなった。(A BOOKSHELF


【FILE 08. 1977 Rd.01 ARGENTINE GP – Jan.7.1977】 v1.0
JPS15(78/1) Driver: Gunnar Nilsson

参考資料:
・AutoSport 1977年3月15日号
・外部リンク >> 「A BOOKSHELF」
これまで紹介して来た1号車(JPS15)は、グンナー・ニルソンのレースカーとして割り当てられます。先の1976年12月21日のプレス発表の状態から、ロールバーやブラシスカートに幾らかのモディファイが見られました。
尚、このJPS15でニルソンは初日に8位(最終的には予選10位)のタイムを記録したものの、次回後述するマリオ・アンドレッティ車(JPS16)の爆発事故により、開幕戦でTカーが無かった為にJPS15は土曜日以降はアンドレッティが承継する事になり、ニルソンは土曜日以降の出走をキャンセルしています。

<外観上の特徴>
・ロールバーは背の高いニルソンに合わせ、背の高い物へ変更。
・ブラシスカートは前方部分がやや切り詰められ、先端にアルミ製?の板が追加される。
・それ以後のブラシスカート上端部分には、これもアルミ製?のガイドレールが後端まで続く(絵では判りにくいですが)。
・マーキングはプレス発表時から変更なし。


<改訂履歴>
・v1.0(2011/7/12) 新規作成


【FILE 09. 1977 Rd.01 ARGENTINE GP – Jan.7.1977】 v1.0
JPS16(78/2) Driver: Mario Andretti

参考資料:
・AutoSport 1977年3月15日号
・外部リンク >> 「A BOOKSHELF」
新製された2号車(JPS16)は、アンドレッティのレースカーとして割り当てられます。このJPS16はアンドレッティの意見によりホイールベース短縮を目的としてJPS15からモノコック後端部分が4インチ(100mm)短縮されており、同部分に内臓されていたオイルタンクが、エンジンとギアボックスの間に移動しています。


<外観上の特徴>
・JPS15同様、ブラシスカート先端部分にアルミ製?の板が付くものの、後部のガイドレールは無い。
・JPS15と比較して、サイドポンツーンのJPSロゴが僅かに前方に移動している。
・JPSロゴが前方に移動した分、John Player Specialの文字に大きなスペースを割いている。
・コクピットカウル前端のユニオンジャック部分にNACAダクトが設けられる。


<改訂履歴>
・v1.0(2011/7/12) 新規作成


ご意見、別考証・別見解など歓迎します。コメント欄をご利用ください。

– END –


Lotus78 History & Markings – Vol.4 1977 Press Launch


今回は、1976年12月21日にロンドンにあるロイヤル・ガーデン・ホテルでのプレス発表会での姿です。

写真:1976年12月21日にロンドンのロイヤル・ガーデン・ホテル行われたチーム・ロータスの1977年プレス発表会でのJPS15。同日にプラグ供給契約が発表された日本のNGK(日本特殊陶業)のロゴがエンジンマウント前方に加わった。(A BOOKSHELF


【FILE 06. PRESS LAUNCH – Dec.21 1976】 v1.0
JPS15(78/1) Driver: Gunnar Nilsson

参考資料:
・AutoSport 1977年3月1日号
1977年1月9日決勝の開幕戦アルゼンチンGPまで2週間余りとなった1976年12月21日、ロンドンのロイヤル・ガーデン・ホテルでプレス発表が行われた際の78/1。また同日、ロータスとNGK(日本特殊陶業)から、1977年のプラグ供給契約も発表されてNGKロゴが加わり、マーキング的にはこの仕様のまま開幕戦を迎える事になります。

<外観上の特徴>
・カーナンバーは6、ドライバー名もニルソンに変更。
・しかし、ロールバーはアンドレッティ用の背の低いタイプ。
・フロントウィングのValvolineロゴは大型化され、ウィング後端側へ移動。
・モノコック後端部にNGKのロゴ追加。ロゴは同社本来の丸型。
・インダクション・ボックス側面のKONIロゴが消える。


<改訂履歴>
・v1.0(2011/07/04) 新規作成


【FILE 07. PRESS PHOTO – Dec.1976】 v1.0
JPS15(78/1) Driver: Mario Andretti

参考資料:
・AutoSport 1977年3月1日号
こちらはAutpSport誌1977年3月1日号での紹介記事の写真。タイミング的には2号車が完成していても良い頃ですが、写真を見る限りまだ1号車の模様。

<外観上の特徴>
・カーナンバー、ドライバー名以外はFILE.06と同じ。


<改訂履歴>
・v1.0(2011/07/04) 新規作成


ご意見、別考証・別見解など歓迎します。コメント欄をご利用ください。

– END –


Lotus78 History & Markings – Vol.3 1976 Paul Ricard Test 2


今回は、前回に引き続き1976年11月28日から5日間に渡ってポール・リカール・サーキットにて行われた合同テストでの姿を紹介します。

写真:1976年11月28日よりテストが開始されたポール・リカール・サーキットで初めて公開されたJPS15のプレス向け写真の1枚。FILE.04で紹介する通りロータス72Eを思わせる翼弦長が非常に長いリアウィングを装備し、翼端板が幅広なものとなっている。(A BOOKSHELF


【FILE 04. PAUL RICARD TEST – Nov.1976】 v1.0
JPS15(78/1) Driver: Mario Andretti

参考資料:
・AutoSport 1977年2月15日号
・(外部リンク)
 >> 「A BOOKSHELF」
前回も書いた通り、このポール・リカール・テストはロータス78の初の本格的なテストという事で、様々な空力パーツが用意されました。今回まず紹介するのは、こちらの過激なシェイプの一台。初めてプレスに正式に公開された時の状態です。かつてのロータス72Eを思わせる大型のリアウィングが目を引きます。これはこれで格好イイなあ、なんて思ったりするのですが。

<外観上の特徴>
・インダクションボックスはリアウィングへの気流を意識したロープロファイルの物へ変更。
・これに伴い、KONIのロゴ記入位置が後方へ移動。
・リアウィングは、前端部がリアアクスル辺りまで達する程の、翼弦長が非常に長い物。
・ウィングステーも前方へ大きく伸びている。
 (このタイプのリアウィングでの走行写真は確認出来ず、結局この一度きりで姿を消す)


<改訂履歴>
・v1.0(2011/6/20) 新規作成


【FILE 05. PAUL RICARD TEST – Nov.1976】 v1.0
JPS15(78/1) Driver: Mario Andretti

参考資料:
・AutoSport 1977年2月15日号
・(外部リンク)
 >> 「A BOOKSHELF」
同じくAutoSport誌1977年2月15日号に掲載された写真から、今度は走行中の物。結局リアウィングはコンベンショナルなタイプに戻されました。テストの結果これがベストとされたのか、最終的にほぼこれに近い状態で開幕を迎える事になります。

<外観上の特徴>
・リアウィングはシーズン序盤に使用された物と同様の形状の物に変更。


<改訂履歴>
・v1.0(2011/6/20) 新規作成


ご意見、別考証・別見解など歓迎します。コメント欄をご利用ください。

– END –


かつてF1の歴史に伝説を刻んだチーム・ロータスのFマシンについて、その詳細、マシン考証、模型制作を通じて紹介します。