今回はやや番外編的になりますが、1978年3月19日にシルバーストーンにて行われたノンタイトル戦、BRDCインターナショナル・トロフィーでのロータス78について取り上げます。この連載のVol.10でも記述しましたが、1970年代までは毎年イギリスでノンタイトルでのF1が開催されていました。当時イギリスGPがシルバーストーンとブランズハッチにて隔年開催されており、それに合わせてこのノンタイトル戦も交互に開催されていました。この1978年はイギリスGPがブランズハッチにて開催される事になっていた為、ノンタイトル戦はシルバーストーンにて日刊紙のデイリー・エクスプレスを冠スポンサーに、「BRDCインターナショナル・トロフィー」の名で、イギリス系チームを中心に15台の出走で開催されました。このレースでチーム・ロータスは遂に1978年用マシンであるロータス79(79/2=JPS20)をマリオ・アンドレッティのドライブでレースデビューさせますが、このマシンについてはまた別の機会に取り上げたいと考えています。一方のロニー・ピーターソンは従来のロータス78にて参戦しました。しかし決勝日は豪雨に見舞われてクラッシュが続出、完走僅か4台というレースを伏兵と思われたセオドールのケケ・ロズベルグが制しました。
写真:1978年インターナショナル・トロフィー決勝日、雨の中行われた朝のウォームアップ走行中に最終ウッドコート・コーナーでクラッシュしたロニー・ピーターソンのJPS16。ピーターソンのマシンの修復は断念され、ポールポジションからスタートする筈だった決勝の出場をキャンセルする事となった。(ESPN)
【FILE 81. 1978 INTERNATIONAL TROPHY – March.18.1978】 v1.0
JPS16(78/2) Driver: Ronnie Peterson
参考資料:
・AutoSport 1978年5月15日号
・外部リンク >> 「A BOOKSHELF」
この回ではロニー・ピーターソンが走らせたマシン2態について紹介しますが、シャシーナンバーについてはJPS16というのが定説になっているものの、以下に紹介する通り各所にスペアカーの特徴を強く残しており、JPS18である可能性も考えられます。まず最も目に付くのがドライバー後方のロールバーで、通常のピーターソン用の物よりも更に背が高い、グンナー・ニルソン用と思われる物が使用されています。一方フロント側のロールフープについては先の南アフリカGP決勝時と同様に大型化された物が使用されています。また、両サイドのラジエーターアウトレットのフィンも装備されていますが、フロントのオイルクーラー上方のフィンは装備されていません。マーキング面ではタバコ広告禁止のイギリスに合わせて両サイドプレート及びリアウィングのJohn Player Specialの文字は消されていますが、何故かコクピットカウルのJohn Player Specialの文字は残されています。そして左サイドプレートのカーナンバー6は、スペアカー用のブランク状態からステッカーで貼付された物と思われますが、何故か大きく傾斜しており、通常では直前のユニオンジャックに合わせた傾斜が付けられていますが、この時だけはほぼ直立に近い形状になっています。そして南アフリカGPで両コクピットサイドのドライバー名前方に移されたポーラー・キャラバンのロゴですが、左右ともフロント側に頭が来るように変更されています。また、スペアカーらしく?インダクションボックスのKONIロゴは有りません。<外観上の特徴>
・ロールバーはグンナー・ニルソン用の背の高いタイプ
・フロントノーズのカーナンバー6はカギ部分が折れ曲がっているタイプ
・フロントウィング翼端板は舟形タイプ
・両サイドプレート及びリアウィングのJohn Player Specialの文字無し
・左サイドプレートのカーナンバー6が傾斜
・右側キルスイッチ位置現示マーク無し
・ラジエーターのエアアウトレット前面にフィンを追加
・コクピット前方のロールフープを大型化
・インダクションボックスのKONIロゴなし
・ポーラー・キャラバンのロゴはモノコックのドライバー名前方に記入(左右共にフロント側が頭)
<改訂履歴>
・v1.0(2012/09/15) 新規作成
【FILE 82. 1978 INTERNATIONAL TROPHY – March.18.1978】 v1.0
JPS16(78/2) Driver: Ronnie Peterson
参考資料:
・AutoSport 1978年5月15日号
・外部リンク >> 「A BOOKSHELF」
もう一つ紹介するのがこちらの姿で、両ラジエーターのエアアウトレット前面のフィンが撤去されています。また、開幕以来ピーターソンはレースウィークをロータス/ゲトラグ製のギアボックスでスタートしていましたが、この時は直前のシルバーストーン・テストでテストした際に壊れてしまったせいか、最初からヒューランド製のギアボックスで走行しています。ピーターソンはこのマシンでポールポジションを獲得しましたが、大雨に見舞われた決勝当日、左の姿からコクピットカウルのNACAダクトとJohn Player Specialのロゴを黒テープで塞いで臨んだ午前中のウォームアップ走行中にピーターソンは最終ウッドコート・コーナーでコースオフ、キャッチフェンスに捕まってマシンのフロント部分とリアウィングにダメージを受けてしまい、決勝出走を断念しています。また、JPS20で予選3位からスタートしたアンドレッティも僅か3周目にしてアビー・カーブでコースオフ、マシンのフロント部分を大破、そして右側のエンジンマウントのソケットも破損してしまい、修復に時間を費やす事となりGPデビューが大きく遅れる事になります。
<外観上の特徴>
・ロールバーはグンナー・ニルソン用の背の高いタイプ
・フロントノーズのカーナンバー6はカギ部分が折れ曲がっているタイプ
・フロントウィング翼端板は舟形タイプ
・両サイドプレート及びリアウィングのJohn Player Specialの文字無し
・左サイドプレートのカーナンバー6が傾斜
・右側キルスイッチ位置現示マーク無し
・コクピット前方のロールフープを大型化
・ポーラー・キャラバンのロゴはモノコックのドライバー名前方に記入(左右共にフロント側が頭)
<改訂履歴>
・v1.0(2012/09/15) 新規作成
ご意見、別考証・別見解など歓迎します。コメント欄をご利用ください。
– END –
写真:1978年南アフリカGP最終ラップ(LAP78/78)、コース奥のクラブハウス・コーナー立ち上がりでホイール・トゥ・ホイールのトップ争いを展開するパトリック・デパイエのティレル008(手前)とロニー・ピーターソンのJPS16。エンジントラブルによりパワーを失いながら必死の抵抗を見せたデパイエだったが、この直後のエセス・コーナー入口でピーターソンはデパイエのインをこじ開けてパス、チーム・ロータス復帰後初勝利を挙げた。(



写真:1978年ブラジルGP決勝(LAP15/63)、バックストレートで5位を争うロニー・ピーターソンのJPS16(左)とジル・ヴィルヌーヴのフェラーリ312T2。2台はこの先のサル・コーナーの進入で接触、共にコースオフを喫してしまう。2人にとっては前年の日本GPに続く因縁の接触となった。(



写真:1978年開幕戦アルゼンチンGP決勝(LAP52/53!)、ポールポジションから独走し、地元アルゼンチン出身でワールド・チャンピオン5回の偉人ファン・マヌエル・ファンジオが振り下ろすチェッカーを受けるマリオ・アンドレッティのJPS17。この直前、ファンジオは周回遅れに近かったロニー・ピーターソンをアンドレッティと勘違いしてチェッカーを振ってしまい、レースは記録上当初の53周より1周少ない52周で終了となったという曰く付きのシーンでもある。前年ランキングこそ3位に終わったものの最多勝(4勝)、最多ポール(7回)、最多リードラップ(279周)を記録したアンドレッティとJPS17の最速コンビは1978年になっても健在で、終始全く後続を寄せ付けず完璧な勝利を飾った。(



写真:1977年日本GP決勝(LAP63/73)、ギアボックスのトラブルによりピットでリタイアし、インペリアル・カラーに彩られた78/4から降りるグンナー・ニルソン。この瞬間がニルソンのレーシング・ドライバーとしての最後の姿となった。その後ニルソンはこの時既に発症していた癌との闘病も空しく、1年後の1978年10月20日に他界する。享年29。GPデビュー2年目にして初優勝を挙げ、今後の更なる活躍が期待されていただけに、余りにも早く、そして惜しまれる死であった。(

