EBBRO 1/20 Lotus72E製作? Vol.3


連載3回目の今回は、前回の改造箇所に関する考察を踏まえて、最終的にこのEBBRO製72Eでどのバリエーションを作るかを考えました。あれも、これも、、、と妄想を巡らせた結果、実に5バージョンものバリエーションが計画に上がる事になりました。果たしてこの内の何台を実際に完成させる事が出来るのでしょうか。。。尚、全ては気の向くままをモットーとするKetteringham Factoryらしく、実際に製作する順序は今回紹介するバリエーションの時系列順にはならないと思います。


【Variation – 1. 1972 Rd.10 ITALIAN GP】
72D/5(Car.No. 6) Driver: Emerson Fittipardi


最初は、1972年仕様へダウングレードした72Dで、フィッティパルディが史上最年少のF1ワールドチャンピオンを見事優勝で決めた1972年イタリアGP仕様とします。主な改造ポイントは以下の通りになります。

  • フロントウィングの追加フラップ撤去
  • 小型のフロントウィング翼端板
  • デフォーマブル・ストラクチャー不使用、モノコックにラジエーターカウル装着
  • 細長のリアウィング翼端板
  • リアウィングステーをブレードからロッドへ変更
  • ファイアストン製タイヤ(デカール自作)
  • メルマグタイプホイール(リアのみ)

1972年イタリアGP、ピットロードからコースへと向かうフィッティパルディの72D/5。予選6位からスタートしたフィッティパルディはレースではジャッキー・イクスとクレイ・レガッツオーニのフェラーリ2台に続く3位を走行、その後フェラーリは2台とも脱落、トップに立ちそのまま優勝し史上初のブラジル人ワールドチャンピオンに輝いた。72年仕様のリアウィング翼端板、ロッドタイプのウィングステーが確認出来る。青焼けしたエキゾーストパイプもポイント。(F1 Fanatic


【Variation – 2. 1973 Rd.2 BRAZILIAN GP】
72D/7(Car.No. 1) Driver: Emerson Fittipardi


次は、フィッティパルディがワールドチャンピオンとして凱旋、そして見事優勝を決めてブラジル中を熱狂の渦に叩き込んだ1973年ブラジルGPでのフィッティパルディの72Dです。主な改造ポイントは以下の通りです。

  • 小型のフロントウィング翼端板
  • デフォーマブル・ストラクチャー不使用、モノコックにラジエーターカウル装着
  • リアウィングステーをブレードからロッドへ変更
  • メルマグタイプホイール(フロント・リア共)

1973年ブラジルGP、ピーターソンに続く2位からのスタートでトップに立ってそのまま独走、熱狂する地元観衆にその雄姿を見せつけるフィッティパルディの72D/7。大型化されたリアウィング翼端板、メルマグ・タイプのホイールが確認出来る。前年仕様と比べて外観上さほど代わり映えしないが、このフィッティパルディの母国優勝は、その後のネルソン・ピケ、アイルトン・セナと続くブラジル人F1チャンピオンの系譜を築くきっかけを作ったという意味で、その歴史的意義は大きい。(Autosport


【Variation – 3. 1973 Rd.8 FRENCH GP】
72E/6(Car.No. 2) Driver: Ronnie Peterson


次は、既にこの年4回のポールポジションを獲得していたピーターソンが遂にその才能を開花させ、キャリア初優勝を決めた1973年フランスGPでの72Eです。主な改造ポイントは以下の通りです。

  • リアウィングとオイルタンク/オイルクーラーを10インチ後方へ移動
  • メルマグタイプホイール(フロント・リア共)

1973年フランスGP、得意のサイドウェイでポール・リカールを攻めるピーターソンの72E/6。このレースではピーターソンはフィッティパルディとマクラーレンのジョディ・シェクターに先行されて3位を走行していたが、残り13周となった最終コーナーで2台は接触して共にリタイア。前戦スウェーデンGPの不運から一転、幸運な形でトップ立ったピーターソンは、そのまま残り13周を走り切ってキャリア初優勝を決めた。(Pistonheads

参考までに、こちらは1973年オランダGPでピーターソンが駆る72E/6。リアウィングとオイルタンク/オイルクーラーが10インチ後方に移動された事で、マシン本体との間、リアタイヤ後方に大きな隙間が出来ているのが確認出来る。(Coolamundo Motorsports Blog


【Variation – 4. 1973 Rd.15 UNITED STATES GP】
72E/7(Car.No. 2) Driver: Ronnie Peterson


次は、シーズン9回目のポールポジションを獲得したピーターソンが、飛躍の1973年シーズンの最終戦を優勝で飾った1973年アメリカGP仕様です。主な改造ポイントは以下の通りです。

  • 新設計(イタリアGPで導入)のオイルタンク/オイルクーラーとリアウィングステー
  • リアウィング翼端板の大型化

1973年アメリカGPでピーターソンが駆る72E/7。予選では良きライバルだったティレルのフランソワ・セヴェールの悲劇を目の当たりにし、そしてポールポジションからスタートした決勝では終始ヘスケスを駆る新星ジェームス・ハントの激しい追撃を受けたピーターソンだったが、それら全てを振り切ってシーズン4勝目を挙げた。新設計のオイルタンクとリアウィングステーにより、リアウィングは更に2インチ後方に移動して、マシンから異様に後方に突き出た形になっている。またそのリアウィング翼端板も更に大型化されているのが確認出来る。(Joeblogs F1


【Variation – 5. 1974 Rd.9 FRENCH GP】
72E/8(Car.No. 1) Driver: Ronnie Peterson


最後は、ピーターソンが1974年シーズン2勝目を挙げたフランスGP仕様です。主な改造ポイントは以下の通りです。

  • マーキング色の変更(ゴールド→JPSカラー)
  • 1974年仕様のオイルタンク/オイルクーラーとリアウィングステー
  • リアウィング本体、及び翼端板の形状変更
  • リアブレーキにダクト追加

1974年フランスGP、アップダウンが激しくジェットコースターの様なディジョン・プレノワを攻めるピーターソンの72E/8。フェラーリのニキ・ラウダに続く2位からスタートしたピーターソンは16周目にラウダをパスすると、そのままトップを譲る事無く完勝を収めた。レース後ピーターソンは72E/8を「完璧だった」と評した通り、ピーターソンのドライビングはこのディジョンでひときわ冴え渡っていた事が見て取れる様な写真。マーキングがJPSカラーに変更され、またそのストライプもボディ形状に沿ってレイアウトされていた1973年仕様と異なり、より直線的になっているので注意が必要。(Straightspeed

かなり以前のグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードにて撮影した、現存する72E/6に搭載された1974年仕様のオイルタンクとブレーキダクト形状。これ以後は基本的にこの仕様が最後まで使用された。リアウィング前縁の端が切り欠かれているのにも注目。


…ざっと思いつくだけで実に5台!そもそも年に1台程度しか作らない自分なのに、5台ものキットを完成させるのには果たして何年掛かるか?との問いを投げつつ今回は終了です。


– END –


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